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塾長のブログ

「自由に学ぶ」ために、まず必要なこと

2026-09-03

―「何をしていいかわからない」
  子どもたちから考える
―


「子どもをもっと自由に学ばせたい」

そう考えたことはありませんか?

でも、もし子どもに、
「今日は好きなことをしていいよ」
と伝えたら、どんな反応が返ってくるでしょう。

「やったー!」

と喜ぶ子もいるでしょう。

一方で、
「何をしたらいいの?」
と困ってしまう子もいます。

実は、共育塾でも、そんな場面があります。

◆「自由な時間」なのに、
  何をしたらいいかわからない


小学生を対象にした
「寺子屋ひこばえ」では、
90分の指導時間のうち、
最後の30分ほどを
「自分の好きなことをしていい時間」にしています。

勉強してもいい。
本を読んでもいい。
絵を描いてもいい。
何かを作ってもいい。
友達と話してもいい。
もちろん、何もしないで過ごしてもいい。

大人からすると、かなり自由な時間です。

ところが、実際には、
「何をしたらいいかわからない」
という子どもが少なくありません。

この姿を見て、私は考えました。

自由にしてあげれば、
子どもは自然に自分から
学び始めるわけではないのかもしれない。

◆「自由にできる」ということにも、
  経験が必要


考えてみれば、大人でも同じかもしれません。

突然、
「今日一日、何をしてもいいですよ」
と言われたら、最初は嬉しいでしょう。

でも、しばらくすると、
「何をしよう?」
「せっかくの時間だから、
 何かしなければ……」
と迷う人もいるのではないでしょうか。

自由とは、
単に「決められていない」
ということではありません。

自分で選ぶこと。

そして、自分で選んだことに向き合うこと。

そのためには、経験が必要です。

だから私は最近、
「自由にしてあげる」よりも、
「自由に向き合う体験」
 が大切なのではないか

と考えるようになりました。

◆私が考える「学ぶ」ということ


では、「学ぶ」とは何でしょう。

学校の勉強を思い浮かべると、
「教科書を覚えること」
「問題を解くこと」
「テストで点数を取ること」
などを思い浮かべるかもしれません。

もちろん、それも大切な学びです。

でも、私は学びのもっと根っこの部分に、

「ちょっと気になる」
「面白そう」
「やってみたい」
「どうしてだろう?」
という気持ちがあると思っています。

そして、

興味に気づく
↓
やってみる
↓
経験する
↓
感じる
↓
振り返る
↓
次の行動につなげる

この繰り返しが、
学びにつながっていくのではないでしょうか。

うまくいけば楽しい。
失敗すれば悔しい。
思っていたのと違えば、少し残念。

でも、その経験があるからこそ、
「じゃあ、次はどうしよう?」
と考えることができます。

私は、
そこに「学ぶことの面白さ」
があると思っています。

◆自由には、
 責任もついてくる


もう一つ、大切にしたいことがあります。

それは、

自由と責任はセットなのではないか

ということです。

自分で決める。
だからこそ、その結果にも向き合ってみる。

もちろん、
子どもに大きな責任を
負わせるという意味ではありません。

「今日はこれをやってみよう」

と自分で決めてみる。

やってみる。

うまくいかなかった。

では、次はどうする?

そんな小さな経験を積み重ねることです。

「失敗したからダメ」ではなく、
「やってみたから、次に考えられる」

という経験を大切にしたいと思っています。

◆「勉強しなさい」が
  難しくなっている?


ここには、今の教育を考える上で
大切な問題もあるように感じています。

これまでの教育には、

「勉強する」
↓
「成績を上げる」
↓
「進学する」
↓
「将来の仕事につなげる」

という、ある程度わかりやすい流れがありました。

もちろん、
実際の人生はそんなに単純ではありません。

それでも、

「今、勉強することが
 将来につながっている」

という道筋は、
多くの人に
共有されていたのではないでしょうか。

ところが、社会は大きく変わっています。

働き方も変わり、
必要とされる能力も変わり、
AIによって知識を得る方法も
大きく変わってきました。

すると、

「そもそも、何のために勉強するの?」

という疑問が出てくるのは、
自然なことなのかもしれません。

子どもだけの問題ではありません。

私たち大人も、
「これからの時代、
 何を学ぶことに意味があるのだろう?」

と、改めて考える必要があるのではないでしょうか。

◆共育塾は
 「勉強させる場所」ではなく


だからといって、

「では、子どもを
 完全に自由にすればいい」

ということでもありません。

むしろ、そこには
大人の役割があると思っています。

子どもがいろいろなことに出会えるようにする。

さまざまな体験を用意する。

「こんなこともできるよ」と選択肢を見せる。

一緒にやってみる。

興味を持ったことがあれば、少し深く掘ってみる。

そして、必要なときには支える。

最初から何もかも
子どもに任せるのではなく、
少しずつ「自分で選ぶ」経験を増やしていく。

そんな関わり方が必要なのだと思います。

自由にするのではなく、
自由に向き合える環境をつくる。

これが、今の共育塾が考えていることです。

◆「何をしていいかわからない」は、
  悪いことではない


「何をしたらいいかわからない」
という子どもの姿を見ると、

「主体性がないのかな」
「やる気がないのかな」

と思ってしまうこともあります。

でも、本当にそうでしょうか。

もしかすると、

「自分で選ぶ」という経験が、
 まだ少ないだけ

なのかもしれません。

学校では、時間割があります。
先生が授業を進めてくれます。
宿題が出ます。
テストがあります。

次に何をするのかが、
ある程度決まっています。

それは学校という場の大切な役割でもあります。
だから、学校を否定する必要はありません。

学校には、
学校にしかできないことがあります。

ただ、
一つの場所で
すべての子どもの学びを
担わなくてもいいのではないか。

そんなふうに考えています。

学校で学ぶ。
家庭で学ぶ。
地域で学ぶ。
共育塾で学ぶ。
一人で学ぶ。
誰かと一緒に学ぶ。

その子に合った学び方を、
もっと選べるように
なってもいいのではないでしょうか。

◆「自由に学べる場所」から

  「自由に向き合える人」へ


共育塾を、
これからフリースクールのような
場所にしていけるのか。

まだ答えは出ていません。

これから、
子どもたちとの実際の時間を
通して考え続けます。

・小さく試してみる。
・うまくいかなければ変えてみる。
・子どもたちの様子を見る。
・保護者の方の声を聞く。
・そして、また考える。

そんなふうに進めていきたいと思っています。

ただ、少しずつ見えてきたものがあります。

それは、
「自由に学べる場所」をつくるだけではなく、
「自由に向き合える人」を育てたい
ということです。

・自分は何に興味があるのか。
・本当はどう感じているのか。
・何をやってみたいのか。

それに気づく。

そして、自分で選んでみる。

やってみる。

うまくいかなければ、振り返ってみる。

「じゃあ、次はどうしよう?」
と考えてみる。

そんな力があれば、
学校にいるときも、
学校を卒業したあとも、
自分なりの学びを
続けていけるのではないでしょうか。

◆自由とは、
 「何もしなくていい」
 ということではない


自由という言葉には、

「好きなことをしていい」
「何もしなくてもいい」

というイメージがあります。

でも、
共育塾で大切にしたい自由は、
それだけではありません。

自分で選べる自由。

そして、

自分で選んだことに向き合う自由。

失敗する自由もあります。
やり直す自由もあります。
「やっぱり違った」と
考え直す自由もあります。

そして、

「次はこうしてみよう」
と、新しい一歩を選ぶ自由もあります。

共育塾では、
そんな「自由に向き合う体験」を、
子どもたちと一緒に
積み重ねていきたいと思っています。

まだ、完成した答えはありません。

だからこそ、子どもたちと一緒に考えていきます。

「自由に学ぶ」とは、どういうことなのか。
人はどうすれば、自分から学び始めるのか。

共育塾は、
これからも実際の子どもたちとの
時間の中で、その答えを探していきます。
道徳塾
〒939-0132
富山県高岡市福岡町大滝1272
TEL.0766-64-1203
FAX.0766-64-1202
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